座波心道流空手道に入門したとき、和多志には才能など微塵もありませんでした。
一向に上達しない和多志を、後から入門してきた人たちが次々と追い抜いていく。
中には、不器用な和多志を見て笑う人もいました。
それでも、和多志の足は止まりませんでした。
当時勤めていた会社は激務で、終電に間に合わない場合は職場に泊まり込む日々。ですが、幸いにもフィットネス関係でしたので施設は使い放題でした。 誰もいない夜のスタジオで、和多志は一人、稽古しました。
翌日も、オープン前の誰もいないスタジオで稽古しました。
始業後も、わずかな休憩時間を見つけては稽古しました。
座波心道流を離れても、生活に隙さえあれば、和多志は稽古をしました。
「よくそこまで努力できるね」「そんな苦行、よく頑張れるな」 周囲はそう言うかもしれません。
しかし、それは違います。
和多志は空手に対して、努力した覚えなど全くありません。
そして、無理に頑張ったことも一度も無いのです。
ただ、空手が大好きなだけ。
好きな人を愛するのに、「頑張ったり努力する人はいない」のと同じです。
才能の無い和多志に、唯一与えられた才能があるとするならば、それは「ただ好きで、空手の修行をどこまでも継続できる」という才能でした。
人生のどん底のときも、空手は救いとしてそこにありました。 新型コロナウイルスの後遺症を発症し、働くことすらできず、先の見えない闇の中にいた期間も、和多志は稽古を続けました。不思議と、空手の稽古をしている瞬間だけは、その苦しい症状を忘れられる氣がしたのです。
かつて不器用な和多志のことを笑った人たちの中で、今、和多志と同じことが出来る人は誰一人いません。その多くは、とうの昔にこの空手を止めてしまったでしょう。
「継続は力なり」 「されど無理は続かない」 「好きこそ物の上手なれ」
和多志は誰よりも稽古をしてきた自負があります。稽古量だけは誰にも負けない氣がします。なぜなら、誰よりも空手を愛しているからです。
和多志は、この空手に命を救われました。 まだまだ未熟者ではありますが、今度は和多志が空手に恩返しをする番です。和多志が救われたように、今度はこの素晴らしい世界を、誰かに手渡していきたい。
だからこそ和多志は、自分と同じくらい空手が大好きな人に、出会いたいと常に思っています。
